フリーランス翻訳者のおひとりさま生活

翻訳者になるにはー私の場合②

①からの続きです☆

翻訳者になるにはー私の場合①

翻訳の分野はどうする?

翻訳者になろうと決心した頃、2006年ワールドカップがありました。当時フランス代表のレ・ブルーが大大大好きだった私は、夜遅く残業から帰ってきてから深夜には友人たちとテレビで観戦し、毎日2、3時間の睡眠で生活していました。ある日気付いたら、ストレスと睡眠不足で片耳が突発性難聴になっていたんです。語学と音楽で生きてきた私にとって、これはとってもショックでした。

でも、治療中にお医者さんから耳の図を見せてもらいながら説明を聞いていたら、「耳というこんな小さな部位に小宇宙が広がっている!」と、なんだか人体の神秘さに感動してしまって。「人間の体をもっと知りたい」とわくわくしました!

怪我の功名というやつでしょうか。難聴になったおかげで、医薬翻訳という道を見つけました。最終的に決心したのは、両親が医療従事者だったので身近に感じていたことや、安定している分野だということも影響していますが。

分野を決めるときに、需要、単価、安定性、自分の専門などいろいろな点を考慮すると思いますが、私の個人的な意見としては、自分が継続して興味を持てる分野が一番いいのではないかと思います。私は医薬に関して勉強することだらけですが、一生つきあっていけると確信するほど、調べものをしていても、翻訳をしていても本当に楽しいです!

スクールで勉強した後に社内翻訳を開始!

さっそく『 医学・薬学の翻訳・通訳完全ガイドブック 』という本を買ってきて研究したところ、スクールに通うのが早そうだなぁと思って、1年間、医学薬学の中級・上級講座に通いました。

ちなみに、私の通ったところはサンフレア・アカデミーです。この時に教えていただいた先生は、元受講生向けに勉強会や登山などの企画を開いてくださり、講座終了後もお世話になっています。

上級講座を受けていた頃に翻訳会社を辞め、CRO(製薬会社から臨床試験業務を委託される会社)で薬の副作用情報を評価したり翻訳したりするお仕事につきました。元医師、元薬剤師の方々に私の翻訳をチェックしていただくという、素晴らしい環境でした。関連文書を読むこともできるから、仕事の合間に専門用語や表現などを学ぶようにしていました。

実は転職活動中に医学論文を扱う別の会社も受けていたのですが、そこは落ちてしまいました。でも今考えると、副作用の翻訳の経験があったからこそフリーランスになる道が開かれたし、今は臨床試験関係の翻訳を一番多くいただいているので、その会社に落ちてよかったです。

働きながら再びスクールに行って、メディカルライティングの講座も受けました。

フリーランスに!

2年くらいCROで働いた後、勉強中から入会していたアメリアで翻訳会社に応募し、2社は翻訳、1社はチェックでトライアルに受かり、お仕事をいただけるようになりました。

ある翻訳者の方に「副作用の翻訳だけしかできなくても食べていけますか?」と聞いたら「いける」とおっしゃったので、思い切ってフリーランスになりました。本当に副作用の翻訳はたくさんあって、最初の頃は毎日副作用の翻訳ばかりやっていました。

今振り返るとかなりの見切り発車です。「やめておいたら?」と当時の自分に言いたいですね…。英語力も医薬の知識ももっとつけてから、フリーランスになるべきだったかなとも思います。

そんな私でも、今も翻訳の仕事を続けていられるのだから、本当にありがたいことです。

少しずつ医薬の中でできる分野・文書を広げていきながら、昨年は医薬以外の翻訳のお仕事も経験することができました。元文学少女、フランス文学科卒業、という経歴なので、ゆくゆくは書籍の翻訳にも関わりたいと密かに野望を抱いています。投資した分、自分の活動の場を広げていけるから、翻訳の仕事は本当に素晴らしいなと思います。夢見がちにならないように、足元もしっかり固めつつ、日々邁進していきたいです。

「翻訳者になるには」といいつつ、すっかり自分語りになってしまいましたが、読んでくださりありがとうございました!

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